2009 シンガポール・マレーシア

旅行3日目・夜/マレー爺のグチを聞く編

これまでのあらすじ

 

 トライショーで軽くぼられたことにプリプリしていた私は、気を取り直してリバークルーズに参加することにした。小さなボートに乗って、マラッカ市内を流れる川を揺られる50分の旅だ。
 
 
 それにしても暑い。すでに夕方なのだが、直射日光が顔に、腕に、刺すように照りつける。ボート乗り場では日陰のいすで出発を待つことができたが、いざボートに乗り込むと日陰が少なく、暑いしまぶしいしで不快指数90である。帽子も日傘もホテルに置いてきた自分がうらめしい。せめてサングラスを買っておけばよかった。
 
 
 いざ、ボートは出発して順調にマラッカ川を……進むことなく、すぐに止まった。何ごとかと見れば、エンジンの故障でボートが動かなくなってしまったようだ。まさに踏んだり蹴ったりである。
 
 

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出発した…と思ったら。

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…止まった。右は助けにきたボート
 

 5分ほど待つと、代わりのボートが迎えにきてくれたので、みんなでそちらに乗り移る。ようやくクルーズが始まった。やれやれ。川の両側に、小さな家々が建ち並ぶ。さっきトライショーのおっちゃんに連れて行ってもらった場所も通りすぎたが、陸地から見た景色を、今度は反対側の川から眺めるのはまたオツなものだった。
 
 

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 クルーズの感想は、だいたいそんなところです。とにかく暑かったのです。

 

 船を下りて、町をぶらぶらしながらホテルに向かって歩いた。だんだんと、日が暮れ始めていた。マラッカでは、週末になると夜市が出る。この日は金曜日だったので、さっき通った目抜き通り(ジョンカー・ウォーク)でも、少しずつ出店の準備が始まっていた。

 

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 いったんホテルに戻ると、なんと、カギがあかない。何度カードキーをかざしても、あかない。仕方がないのでフロントに言いにいくと、スタッフのおばちゃんはカードキーを調べた後、「チェックインの受け付けをしたのは女のスタッフだった?」と私に尋ねた。何でそんなこと聞くんだろう、と思ったら、どうやら彼女が私を間違った部屋にチェックインさせてしまったようなのだ。本来、宿泊するはずの部屋は「361」のはずだったのに、なぜか「316」にチェックインされてしまったようだ、と。

 

 おいおいマジかよ、と思ったんだけど、ちょっと待てよ。チェックイン時にもらった翌朝の朝食クーポンを見てみると、ちゃんと「361」と書いてある。要するに、私が勝手に「316」だと思い込んで、関係ない部屋に不法侵入しただけのことだったのだ。しかも部屋に荷物をまき散らし、汗まみれの体でベッドの上をゴロゴロし、ご丁寧にう○こまでしたような気がする……。
 

 ホテルの皆さま、本当にごめんなさい。ちなみに、どうして違う番号の部屋に入れてしまったかというと、フロントの女の子がミスしたのではなく、部屋のドアがあいてたのである。「ああ、私のためにドアを開けてあるのね」と思い込んだ私……。

 

 今度は正しい部屋「361」に入り、休憩後に町へ出た……が、しばらく歩いてふと気付く。私、お金持ってないじゃん!! トライショーのおっちゃんにぼられたせい(←しつこい)だけじゃないと思うが、もともと手持ちが少なかった上に、予想していたよりもお金を使ってしまっていたのだ。夜市でクレジットカードが使えるわけもない。あわててホテルに戻り、フロントでシンガポール・ドルをマレーシア・リンギに両替してもらうことにした。
 

 ところがシンガポール・ドルすらほとんど財布に入っていない。背に腹は代えられぬ、と思い、恥をしのんでなけなしの金を両替してもらったが、フロントの男性のあっけにとられたような顔が忘れられない。日本で言えば「1000円分、外貨両替してください」と頼んだようなものだったと思う。「こいつ、宿泊費払えるのかよ」と思われたかもしれない。

 
 両替してもらったとはいえ、あまりにも心もとないので銀行の場所を教えてもらった。夜なので閉まっていると思っていたのだが、意外にもまだ開いているという(なら、最初から銀行にいけばよかった)。人通りのあまりない道を歩いて、ようやっと銀行のATMにたどり着き、無事に十分なマレーシア・リンギを手に入れたのだった。

 

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銀行への道すがら見た風景。太極拳?

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なんとジムを発見! 外は暑いから?
 

 気を取り直して、ジョンカー・ウォークの夜市へ。地元の人や観光客で、かなりにぎわっている。簡易ステージでは、なぜかカラオケ大会が行われていて、こちらも結構な観客を集めていた。

 

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熱唱するおばちゃん

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カンフーおじさん。すごい人だかり
 

 

 ガチャガチャした感じのおもちゃとか、偽物のサングラスや時計とか、マレーシア独特のお菓子とか、出店にはそんなものが並んでいた。しかし、お腹がすいているので、今はお菓子より何より夕飯である。せっかくマレーシアに来たのだから、ニョニャ料理を食べようと心に決めていた。ニョニャ料理とは、プラナカンたちの伝統料理である。

 

 ニョニャ料理が食べられる店はいくつもあるが、その中でも雰囲気のよさそうな2店に絞りこんだ。そして、すいているけれどもおいしそうなA店、活気があるけれど激コミのB店のどちらに入るかで長いこと迷っていた。2店舗の間を何度も往復したあげく、A店を選んだ。食べ物の選択にかけては、いつだって必死である。
 
 
 
 そしてこの時、A店を選んだことが、私のマラッカ滞在を180度変えてしまった。時を同じくしてA店に居合わせたマレーシア人の爺さんと、友達になったのだ。

 

 メニューがなくて困っている私に彼が自分のメニューを分けてくれたことがきっかけで、私と爺さんは話し始めた。爺さんの名前はアーネスト。これは英語名で、本来は中国系のマレーシア人だという。だけど話せるのは英語がメインで、中国語は少しだけだそうな。

 

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ニョニャ風焼きそばとビール。美味!

 
 

 実は爺さんは2人連れで、もう一人の名前はロン。2人は兄弟で、アーネストが弟で60歳、ロンが兄で70歳だという。アーネストと私はしばらく話しているうちに仲良くなって、3人で一緒に夜市を散歩しようということになった。
 
 

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かき氷を買ってもらいました
 
 
 私は、まさかマレーシアの小さな町に来て、自分より30〜40歳も年上の友達ができるなんて思ってもみなかったので、その状況にコーフンしていた。海外に行って、現地の人とおしゃべりできるなんて、すごいじゃないか! 
 
 
 アーネストは病気で手術したらしく、杖をつきながらゆっくり歩く。しかし気持ちは元気で、よくしゃべる。内容は主に嫁のグチである。聞けば、嫁はもう何十年にもわたってアーネストにつらく当たり続けており、3人の子どもたちが独立した今では、完全に家庭内別居状態で口もきかないのだそうである。私はひたすら聞き役にまわり、「まあ、かわいそうねぇ」とか「それなら離婚しちゃえばいいのに」とか「それ、奥さんひどいよ!」とか、適当に相づちをうっていた。マレーシアの爺さんも、いろいろ大変なんだなと思った。

 

 夜市をしばらく歩いた後、3人でオープンテラスのバーに寄った。ビールでも飲みたいところだったが、夕飯のときに1杯飲み、さらに夜市でかき氷まで食べてしまったのでお腹が冷え冷え。というわけで、ホットのミルクティーにした。バーでミルクティーって……。
 

 

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アーネスト(右)とロン


 

 アーネストは、ずっと嫁のグチを言っていた。その合間に時々はさまれるのが、娘や息子たちの自慢話。携帯で写真も見せてくれた。3人の子供たちはみんなすでに30〜40代らしいのだが、どの人もすごく美人&ハンサムなので、アーネストの奥さんはきっと美人なのだろうと思った。

 

 しかしまあ、アーネストはよい人なのだが、自分のことばかり話すのがタマにキズではある。奥さんは、もしかしたらあなたのそういうところが好きじゃなかったんじゃないかしら、なんて思ったりもしたけど、部外者が適当なことを言うもんじゃないので黙っておいた。
 
 
 そしてアーネストは結局のところ、今の奥さんと離婚したいのであり、誰か新しい伴侶を探しているのだということもだんだんわかってきた。そこへ突然、日本から単身、マラッカに乗り込んできた30歳も年下の女性(私のこと)。小さな町で生涯を過ごすアーネストにしてみれば、まさに「運命の出会い」だろう。彼は私と結婚したそうではあったが、私は夫がいる旨を伝えて丁重にお断りした。それにしても私は「あともう少し早く、君と出会っていたら」と言われることが時々あるんだけど、それって口説いてるようで全然口説いてないですよね? 
 

 3人で、12時ごろまで飲んだ。オープンテラスのバーでは、ミュージシャンが弾き語る声がにぎやかに鳴り響いていた。「SUKIYAKI(上を向いて歩こう)」も流れた。改めて、いい曲だと思った。

 

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 アーネストとは連絡先を交換して、翌日の夜にも3人で一緒に夕飯を食べる約束をした。ホテルの入り口まで送ってもらって、お別れした。こんなに短い旅なのに、出発したときには思いもよらなかった出来事ばかりが起きて、なんだか面白いなあ、と思った。 
 
 

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旅行3日目・夕方/ケツの穴のちっちゃい女編

だいぶ間が空いちまったなぁー。
これまでのあらすじは→コチラ
 

 さて、ハウス・オブ・セントサを出ると、おっちゃんは、もと来た道を戻るようにまたトライショーをこぎ始めた。

 
 途中、「ここは大きなスーパーが並ぶ通りだ」とか、「これはなにがしの寺院だ」とか、簡単に説明してくれるんだけど、私は適当に聞き流しながら、マラッカの町の風景を眺めていた。
 

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 おっちゃんは、さすがに生まれも育ちもマラッカというだけあって知り合いが多いらしく、通りすぎる人たちとよく挨拶を交わしていて、その人たちが私にも挨拶してくれるのが、ちょっとうれしかった。
 

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 そんなぶらり旅の途中、突然、何の前触れもなくトライショーが止まった。

 
 見れば、目の前には小さな喫茶店があった。喫茶店といっても半分、屋台のような、オープンエアのお店である。おっちゃんは「のどが渇いただろうから、ここで休んでいこう。ここはよく知ってる店だから、安心だ。値段も安いし」といって、私を店内へとうながした。
 

 内心、「えっ、喫茶店なんて行かなくていいんだけど。それよりもっと色んなところを回ってよ」と思ったのだが、のどがかなり渇いていたのは事実だった。観光客向けではない、地元の人が行くような喫茶店に入れることのうれしさも手伝って、結局、私は席に座った。さっとのどをうるおしたら、 またすぐ観光に戻ろうと思った。「きっと、おっちゃんの注文の支払いも私がするんだろうなー」とも思ったが、まあ、ガイドしてくれたおっちゃんへのチップだと思って受け入れることにした。
 

 店には、店員の女性が2人いた。おっちゃんの知り合いだという。カタコトの英語で少し会話をかわしたが、とても感じのいい人たちだった。私のことを「かわいい」と言ってくれたので、ますます感じがいいと思った。
 

 私はアイスコーヒーを注文した。今思えば、タイではかき氷を食べて変なウイルスもらってきたというのに、よくもまあ、また氷入りのドリンクを頼んだものだな……。おっちゃんは、温かい紅茶のようなものを注文していた。「年取ると、冷たいもんがダメになるんだよ」と言っていた。
 

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 飲み物だけ飲めば十分だったのだが、ふと気付くと、おっちゃんは店の前の陳列ケースに並んだお菓子を取りに行っている。おいおい、それも私が払うんだろう! しかも別にお腹すいてないんだけど! 内心そう思ったが、根がいい人な私は結局「まあいいか」と思って、お菓子もいただくことにした。2種類あって、片方はピサンゴレン(揚げバナナ)だった。もう片方は忘れた。特別においしくはないけど、屋台の味。好きな味。
 

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アイスコーヒーとピサンゴレン

 
 アイスコーヒーを半分ほど飲んだところで、「さ、行こう」とおっちゃんを促した。なにせ、トライショーの金額は「1時間40リンギ」である。こんなところでムダに時間をつぶしている暇はない。この時、おっちゃんが「もう行くのかよ」という、若干、不服そうな顔をした……ような気がした。 
 

 自分とおっちゃんの分のドリンク代、お菓子代を払い、喫茶店を出て、再びトライショーに乗り込んだ。この先の目的地について、おっちゃんがしきりに「アイオン、アイオン」と言っている。このオッサン何言ってんだ?……としばし考えて、Eye onのことだとわかった。マラッカにはEye on Malaysia(アイ・オン・マレーシア)という巨大観覧車があるのだ。
 
 
 観覧車は割と好きな私だが、このときは特に乗りたいと思わなかった(一人だし)。それより何より、アイオンまでははかなり距離があるのだ。トライショーで行ったら、どんなに速くても町中から15分はかかるはず。観覧車に乗って、また帰りもトライショーで町中に戻ったら、それだけで1時間=40リンギである。無理、無理! 丁重にお断りして、とりあえず町中に戻ってもらった。
 

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 それからおっちゃんは、私を町中にあるいくつかの寺院に連れていってくれた。おっちゃんは寺院の入り口で簡単に説明を述べたり、私の写真を撮ったりしてくれた後、入り口のあたりに座って「後は自由に見ておいで」と言う。
 

 このとき、彼は「Slowly, Slowly.」と何度も言ったのである。
 

 ごゆっくり、つまり、「Take your time.」と言いたかったのだろう。ただ、英語があまり得意でない彼は、決定的に言葉の選び方を間違えていた。その「Slowly」という単語は、「なるべく時間をかけて見てこい」という、ある意味、彼の本来の気持ちをとても正しく表してしまっていたのだ。この「Slowly」のひとことで、私はようやく、ここにきてようやく、彼の本心を悟ったのだった。すなわち、「この客は金づるだから、できるだけ時間を稼いで儲けてやろう」である。
 

 一気にやる気がうせた。もちろん、彼はトライショーを漕いで生計を立てているわけなので、「できるだけ時間を稼いで儲けてやろう」と思うのは、当たり前のことだ。理解できないわけじゃない。だけど、なんだか、とてもいい人であるように見えたのに、私もそこそこおっちゃんとの交流を楽しんでいたのに、心の底ではやっぱり「金づる」と思われていたのかよ、と思ったら怒りがわいてきたのである。そして、今の今までぼんやりトライショーに乗せられるがままになっていて、そんなことに気付かなかった私のアホさ加減にも腹が立ったのである。
 

 私は、寺院を超スピードで見て回り、速攻で入り口に戻ってきた。もう、トライショーを降りる気まんまんだった。それなら、「じゃあここでサヨナラ」とその場で言えばよかったのだが、「オランダ広場まで乗せてって」と言ってしまうところがまた私のさらにアホなところである。そのときいた場所からオランダ広場まで、せいぜい5〜7分ほどの距離だったと思うが、しっかり15分ぶんを上乗せして請求された。合計1時間45分で、70リンギだという。
 

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一応、お愛想程度に寺院の2階に上った

 
 もともと1時間だけ乗って、40リンギだけ支払うつもりでいたのに、なんでこんなにうかつだったんだろう! しかも、出発時間をチェックしておくことすらしなかったので、もしも時間をサバ読まれていたとしても抗議すらできない。まさに「いいカモ」である……。ものすごく腹が立ったので、露骨にいやな顔をしてやった。交渉して5リンギまけてもらったけど、合計65リンギである。
 

 プリプリしながらおっちゃんに金を払い、険悪なムードで別れた。しかし、よく考えてみれば、おっちゃんはそこまでアクドイことをしたわけじゃない。ただちょっと、ゆっくり回って多めに稼ごうとしただけなんである。むしろ、最初にしっかり「1時間オンリー、40リンギだけね! わかった?」と断言しておかなかった、そして、途中で時間をしっかり見ておかなかった私のほうのミスである。
 

 ここまでの私の後悔っぷりを読んで「さぞかし大金をまきあげられたのだろう」と思う向きもあるかもしれないが、40リンギって日本円で約1100円である。65リンギは約1700円。その差額のたった600円のことで、私はこれだけぐちぐち、長々と書き連ねているのである。ちっちゃい。じつにケツの穴のちっちゃい女だ。600円ぐらい、笑顔でおっちゃんにやったれよ。
 

 とにもかくにも、ようやくトライショーから解放されて一人になった私は、夕刻を迎えたマラッカの町を再び歩き始めた。(この旅行記、いつ終わるの?)
 

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旅行3日目・昼/ボロ三輪車でぶらり旅編

 さて、マラッカに到着してまずすべきことは、宿を見つけることである。事前予約こそしていなかったが、インターネットで「よさそうな宿」に目星を付けていた。候補はこのへん。
 
Heeren House http://www.heerenhouse.com/
Hotel Puri http://hotelpuri.com/
cafe1511 http://www.cafe1511.com/
Little Nyona Youth Hostel http://melakalittlenyonya.com/hostel/
Number Twenty Guesthouse http://twentymelaka.com/
 
 選択の基準は「安いところ」、そして「ホテルの建物がマレーシアの伝統的なショップハウスであること」。ショップハウスっていうのは、ものすごく大ざっぱ に言うと、昔、マレーシアやシンガポールにやってきて財を成した中国系移民「プラナカン」が住んでいた邸宅のことらしい。違ってたらごめんなさい。
 
 
 で、上に挙げた候補の中でも、いちばん泊まりたかったのがHeeren House(ヒーレン・ハウス)。川沿いに建っていて、なんだかロマンチック……。水辺を眺めながら優雅にティータイム……。そんな淡い夢を抱いていたのですが、宿の前を通ったところ「満室」のサインが掲げられていてあえなく玉砕。そう、この日は金曜日。マラッカは週末になるとシンガポールやクアラルンプールなどからの観光客で結構にぎわうらしいのです。泊まりたかったなー、ヒーレン・ハウス。

 

 そんなわけで、第二希望のホテル・プリに泊まることにした。ここはプチホテルといってもそれなりの部屋数があるから、ほかの小さなゲストハウスよりは空室の可能性が高そう。宿泊費は、1泊120リンギ(約3200円)。格安だけど、部屋の設備はシティホテル並みだし、吹き抜けのテラスなんかもあってなかなかよい雰囲気のホテルなのです。

 

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吹き抜けのロビー

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室内もフツーにきれい

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外観。夕暮れ時に撮影。エキゾティック! 

 

 ところで私、マレーシアに行く前「マレーシアは物価が安い!」と大興奮していたのですが、その理由がわかった。為替レートを勘違いしていたのです。1リンギは約27円なんだけど、行く前の情報では約16円と思い込んでいた……いったいなぜ? 現地に着いてもずっと「16円」と思っていたので、あれも安い、これも安いとちょこちょこ買い物をしていたのですが、そりゃ安いわけだよ。約6割の値段に換算してたんだもの。旅行の途中で「何かおかしいぞ……?」と感じてはいたのですが、真実に気付いたのはついさっきです。皆さんも為替の勘違いには気をつけましょう(普通はしないよね)。

 

 荷物を置き、ちょっと部屋で休んでからさっそく町へ出た。まずは目抜き通りのジョンカー・ストリートへ。週末の夜は、この通りにナイトマーケットが出るらしい。

 

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ジョンカー・ストリートの入り口

 

 目抜き通りといっても、そんなに栄えてないけどなー。マラッカってやっぱり小さな町なのね、とか思いながら、まずはライスボールの店へ入った。ライスボールというのは、小さいときに皆さん泥団子というのを作ったと思うんですが(余談ですが私は泥団子づくりの名人でした)、それと同じように白米をボール状に固めたものです。これと蒸し鶏のセットを注文。
 
 
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これがライスボールだ!
 
 
 蒸し鶏はとってもおいしいんだけど、ライスボールは……うーん、普通にご飯食べた方がおいしくない? と言いつつ、全然知らない町の知らないレストランでご飯を食べている、というだけで気分はウキウキうぉっちんぐ。
 
 
 店を出て引き続きブラブラしていると、後ろから近づく怪しげな車輪の音。振り向けば、マラッカ名物「トライショー(三輪車)」のおっちゃんがやたら陽気に声をかけてくる! まあ、マラッカ滞在中に一度はトライショーに乗ろうと思っていたものの、そんないきなり……まだ心の準備が……。とか言ってる暇もなく、「写真を撮ってあげるからとりあえず乗りなよ」とおっちゃんに言いくるめられて、あっけなく餌食にされる私。
 
 
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ボロい

 
 
 値段は、1時間40リンギ。「パンフレットにも載っている公式価格だ」というので(これは本当)、ぼられるわけでもなさそうだし、ほかに予定があるわけでもなし、というわけで乗ってみることにした。「1時間40リンギね?」「ああ、1時間40リンギだ」としっかり確認したから安心、安心、と、思ってたんです。この時は……。
 
 
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 真っ黒に日焼けしたおっちゃん、カタコトの英語でガイドをしながらトライショーを漕ぎ出す。おっちゃんの英語は本当にカタコトであるうえに、発音もとても聞き取りづらい。よくわかんないけど別にいっかー、とあきらめて適当に相づちをうちながら、私も「にこやかな客」を務めた。
 
 
 かろうじて聞き取れた情報によると、おっちゃんは60歳。子どもが8人いる。どの子どもが大学に行って、どの子どもは勉強ができなくて、という話をしてくれたのだが、子どもを名前でなく「ナンバー6」とか「ナンバー8」とか呼ぶのが面白かった。 
 
 
 おっちゃんはいよいよ本格的に漕ぎ出し、どこそこの「ハウス」に行くという。「ハウス」って、まさかおっちゃんの家に連れていかれるんじゃないだろうな……。
 
 
 事前情報によるとマレーシアの首都、クアラルンプールでは、「友達になろう」とにこやかに観光客に話しかけて巧みに家に誘い込み、カードゲームで現金をだまし取る手口の詐欺が横行しているらしい。そのことを思い出して急に不安になり、「どこ行くの!?」と聞いてみたところ、目的地は「ハウス・オブ・セントサ(セントサの家)」だった。よくわからないが、有名な観光スポットの一つらしい。ほっとした。
 
 
 ボロいトライショーは、片側3車線もある大通りを平気で突っ切っていく。とても恐ろしいのだが、今はおっちゃんの腕(脚?)を信じるしかない。
  
  
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 ふと気付くと、トライショーはいつの間にか車の多い通りをすぎて、川ぞいののどかな小道を走っていた。あれ、なんだかとってもかわいらしい、おもちゃみたいな家がたくさん建っているけど……?
 
 
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こんなおうちがたくさん建ってるの
 
 
 おっちゃんの聞き取りづらい英語と観光パンフの情報によると、ここがマレー民族の集落であるらしい。そして、その集落の一角に、先ほどおっちゃんが「ハウス」と言っていた「ヴィラ・セントサ」はあった。
 
 
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 ヴィラ・セントサは20世紀初頭に建てられたマレーハウス(高床式住居)の一つで、今では私設博物館として、マレー民族の伝統的な生活様式を公開しているのだという(※後で調べた情報)。
 
 
 おっちゃんが家の中をのぞき込んで誰かを呼ぶと、中からおばちゃんが出てきた。私は何が何だかわからず、とりあえずおばちゃんの後に続いて家の中に入ってみると、「部屋の中を自由にご覧ください。写真も撮っていいわよ」とのこと。お言葉に甘えてあちこち見て回ると、どの部屋もじつにデコラティブで、カラフルで、とってもかわいい!
 
 
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ベッドルーム

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ダイニング

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キッチン。飲みかけのお茶が出ていた

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食器が! かわいすぎる!!

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アンティーク小物について説明してくれるおばちゃん

 

 おばちゃんは、お姉さんと一緒に今でもこの家に住んでいるのだという。「ここが婚礼の儀式をする部屋よ」「ここはリビング」というように、簡単な説明もしてくれた。ほかに観光客もいなくて、すごくぜいたくな時間。入場は無料で、最後に任意で寄付金を納めるシステム。

 

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3回たたくと幸せになれる、という鐘

 

 写真を撮らせてほしい、と頼むと、おばちゃんはばっちりポーズを撮ってくれた。ところが、しばらくして「もう1回撮って」とのこと。どうしたんだろう、と思ったら「さっきのは表情がよくなかったから」だって。なんかかわいい。いくつになっても、女は見た目を気にするものなのね……。猫も出てきたので、猫も入れてもう一度おばちゃんの写真を撮った。さっきよりうまく撮れた。
 
 
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 とても素敵なおうちを見学させてもらって、ほわわ〜んとした気分になっていたのだが、ひとたび寄付金を納めた後は「見学も写真も終わり」ってことらしく、現金なのね……と一気に現実に引き戻されたのだった。 

 
  
 
 
 

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旅行3日目・朝/マラッカ行きのバスが寒すぎる編

 シンガポールで1日過ごした次の日、早朝6時に起きて、マラッカ行きのバスターミナルに向かった。ユースホステルのスタッフの女の子をたたき起こしてチェックアウトをさせてもらい、申し訳なし。しかも、起きたばっかりなのにわざわざ外の通りまで出て私のためにタクシーを停めてくれて、感激しました。本当にいいホステルですよ、HABITAT! みんなもシンガポールに来たらぜひ泊まろう!
 

 さて、マラッカ行きのバスは時間どおり8時に出発。日本でもよく見かけるような、意外とフツーの観光バスです。ただ……室内がとにかく寒い! 冷房ききすぎ! 寒さ対策は十分にしてきたつもりだったのに、それでもまだ寒いとは恐るべし。特に後ろの席から当たる冷風がきつかったので、途中からはカーテンを頭から巻いてやり過ごしました。
 

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車内はフツー。寒すぎることを除けばね…

 

 出発して30分くらい?したところで、シンガポールの出国手続きがあった。一度バスを降りて、手続きが終わるとまた同じバスに乗り込む。自分がどのバスに乗ってきたかを覚えておかないと、大変なことになるかも。
 

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 出国手続きが終わり、橋を渡る。どうやらこの橋の手前がシンガポールで、橋を渡るとマレーシアのようだった。橋を渡ってすぐに、マレーシアの入国手続きがあった。検問所は建物がとても新しくて近代的。
 

 再びバスに乗り込み、マラッカを目指してひた走る。急に、車窓から見える風景が変わった。ビルが林立するシンガポールから、ヤシの木だらけのマレーシアへ。
 

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 1〜2時間ほど走ったところで、サービスエリアのようなところに停まった。20分間の休憩だという。中に入ると、そこはまさに日本の高速道路の途中にあるようなフードコート! ちょっと感激…。

 

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 朝ご飯を食べようかと思ったのだが、ラーメンや丼ものといったガッツリ系が多く、いまひとつ決めかねる。そこまでお腹すいてないんだよなー。そこで、フードコートの脇にあるスーパーに入って、何かお菓子的なものを買うことにした。そういえばマレーシアリンギットへの両替はまだしていなかったのだが、先月、社員旅行でマレーシアに出掛けたピロシが余った小銭をくれていたので事なきを得た。たまに役立つピロシ。
 

 スーパーでは、チョコレートと「OTAK-OTAK」と書かれた謎のチップスを購入。

 

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イラストが変

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ブリーフ姿のジャイアン…?

 

 えっと確か、オタオタは魚のすり身だったような気がする! だからきっと、魚介系のチップスに違いない! そう思って食べたら予想どおりの味、というか予想よりかなりおいしいチップスだった。かっぱえびせんと同じで、途中から「やめられない止まらない♪」状態になってしまい、バスの中でひとりバリバリボリボリと音を立て続ける私(歯ごたえあり)。
 

 シンガポールを発って約4時間、ついに目的地マラッカに到着した。バスターミナルのようなところで降ろされる…が、あ、あれ? 本当にただの「バスターミナル」で、ここが果たして市街からどのくらい離れた場所なのか、ここから市街へはどうやって行けばいいのか、さっぱり分からない。うかうかしている間に、ほかの乗客たちはあっという間にどこかへ消えてしまった。視界に入る人影といえば、タクシーの客引きばかり…。ひいいぃ、ボラれるぅ!
 

 「私は何も知らない観光客じゃありませんよ。これからどこへ行くべきかちゃんと分かっているんですよ」という毅然とした態度を装い、ターミナルの建物内に入った。両替カウンターがあったので、とりあえず両替。そこのおっちゃんに「市街に行くにはどうすればいいの?」と聞いてみた。どうやらタクシーを使うらしい。
 
 
 ボラれないために「相場はいくらくらい?」と聞いてみたのだが、まさにその質問をしているときにタクシーの客引きが寄ってきてしまったのであまり意味がなかった。客引きと両替商のおっちゃん、2人とも「20リンギット(約550円)」と言っていたので、お互い結託していたのかもしれぬ(考えすぎ?)。まあ、とりあえず20リンギットで乗せてもらうことにした。後でインターネットで調べたら、15リンギットで乗せてもらった人もいるようだが、まあいいでしょう。
 

 15分ほど走って、市街に着いた。「マラッカといえばここ」というべきランドマークである、かの有名なオランダ広場に降り立った。広場とは言うものの、そんなに広くはない、こぢんまりとした一角だった。ここがマラッカかぁ。

 

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旅行2日目・夜/クラブの階段でヤケ酒編

 インド街を散策した後、いったんユースホステルに戻った。シンガポール人の友人、フアン・シン君と待ち合わせをしていたからだ。

 

 フアン・シン(面倒なので呼びすて)とは、前にも書いたが3年前のイギリス旅行で知り合った。その後は数回、メールのやりとりをした程度だったんだけど、最近になってFacebook(欧米版SNS)でまた連絡を取り合うようになり、彼が「シンガポールに遊びに来たときは、僕が案内してあげるよ」と言うので、「そうか。じゃあ、遊びに行こう」と決めてしまったのだった。

 

 そんなわけで、フアン・シンと3年ぶりの再会。どっちかというと「友達」というよりは「知り合い」程度の仲だったのだけど、彼はなんとなく気が合う感じで、再会すると一気に打ち解けた。
 
 
 「ホーカー(屋台が集まる飲食街)に行きたい」とリクエストしておいたところ、マリーナ・ベイというところにあるホーカーに連れて行ってくれるという。そこへ向かう途中、「シンガポールっていいところだね! みんな親切だし!」とベタ褒めしてみたのだが、フアン・シンの反応は思いのほか悪かった。彼いわく、
 

・1年中、暑いのでうんざりする
・みんな親切だって? …まあ、観光客向けにはそうなのかもね
・オレなんか13年も住んでるんだよ。もう飽き飽き
 

…だそうである。この時点でシンガポールをかなり気に入っていた私としては、なんだか拍子抜けしたと同時に、ちょっぴり悲しくなった。いいところなのに…シンガポール…。

 

 道すがら、フアン・シンがちょっとした観光案内をしてくれようとするのだが、あまり詳しくないようで常に口ごもっていた。「あの塔は…第二次世界大戦関係のなんかだよ」とか、「あの建物は…なんかアート関係の施設が集まるとこで…」とか。

 

 その、「なんかアート関係の施設が集まるとこ」は、正式には「エスプラナード」という名称が付けられていて、館内にはコンサートホールやアートスタジオなどがあるという(フアン・シンの説明もまあ、合っているわけだね)。で、このエスプラナード、全体がイガイガした妙な形をしていて、通称「ドリアン」と呼ばれているらしい。タクシーの運ちゃんに「ドリアンに向かって」と伝えても、ちゃんと連れていってくれるのだとか。
 
 
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エスプラナード。通称ドリアンセンター
 
 
 どうも、シンガポールにおいてドリアンは「国民的自虐ネタ」という扱いのようである。「シンガポールといえば、ドリアンだよね。でもアレ、臭くってさあ!」というように。もちろん「ドリアン食べれる?」という質問もされたのだが、これは日本人が外国人を見るとつい「納豆食べれる?」と聞いてしまうのと同じ原理だと思った。

 
 
 さて、ホーカーに着くと、ウェンディという女の子が待っていた。フアン・シンの高校時代からの同級生だそうだ。2人とも生粋のシンガポーリアンではなく中国出身で、ウェンディは英語名の通称だそうな。
 
 
 ウェンディの英語はあまりにパーフェクトで、圧倒された。発音といい、流ちょうさといい、論理の展開の仕方といい、欧米人そのものである。帰国子女なのか、と聞くと、独学で勉強したという(留学経験はあるらしいが)。「ものすごく努力して勉強したの」という返事に、そうだよなあ、私がいつまでたっても「日常会話レベル」から抜け出せないのは、努力していないからにほかならないんだよなあ、と自らを省みたのでした。(余談ですが英語力があまりにも低下していて、本当にマズい。何とかしなければ…)
 
 
 ホーカーめしは、予想どおり旨かった。大好物であるインドネシアのサテはとても美味しかったけれど、うかうかしているスキにフアン・シンにほとんど食べられてしまって後悔した。そのほかに、マレーシアのナシレマック(ご飯と揚げた魚、野菜、卵なんかがセットになったプレート)や、中国風のスープや鍋、カキのオムレツなども食べた。どれもこれも美味しくて、こんなにいろいろな国の料理を日常的に、安価で食べられるシンガポール人を心底うらやましく思った。
 
 
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 ご飯の後は、腹ごなしに歩きながら、「眺めのいいバー」とやらに連れて行ってもらった。なんでも高層階にあるバーで、シンガポールのベイエリアを一望できるのだという。1階のバー受付に着くと、スタッフのおねいさんにチャージ25ドルを請求された。25ドルというと、1600円くらい? たっけぇ。まあフアン・シンがおごってくれたので、私は払ってないんだけどさ。この日は月に1度のDJイベントが開かれていて、それでチャージが高いんだそうな。
 
 
 そんなわけで高額(?)なチャージを払ってエレベーターで上層階まで上ると、エレベーターホールからシンガポールの夜景が一望できて、確かにとてもきれいだった。
 

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 しばらくして、じゃあバーに行こうか、となったのだが…いやはや、驚いた。フロアは欧米人やアジア人の若い男女でごったがえしており、歩くすきまもないほどで、しかもトランス(というのか?)が大音響で流れていて、とても「夜景を楽しみながら、ゆっくり酒を飲む」という雰囲気ではない。というか、人が多すぎて夜景なんか見えなかった!
 

 ちなみに、客層はおもに欧米人の男性と中国系の女性。不思議なことに、中国系男性の姿はほとんど見かけない。中国系の女性たちはみな、体のラインがわかるワンピースを着てきれいにお化粧していて、髪型はストレートロングの人が多かった。こういうのが欧米人男性にモテるのだな。彼らはこうしてクラブやバーで出会って、ワンナイト・スタンドを楽しむのだとか。
 
 
 私たちはというと、とりあえず3人で1ドリンクずつオーダーしたものの、会場がうるさすぎて話をするどころじゃないので、早々にエレベーターホールに戻った。そして、階段に座ってちょっとだけ話をした。1600円払って階段とは…まあ、わたしは払ってないんだけどさ。
 
 
 どうにも煮え切らないので、その後は河岸を変え、オーチャードというおしゃれエリアにあるテラス席のバーで軽く飲み直した。そのバーではバンドの生演奏が行われていたんだけど、そのバンドのファンと思われるゲイというか、ドラァグクイーン風の男性(女性?)が踊っていて面白かった。あの手の人々が割と好きである、生暖かい目で応援したい、という感想を伝えたところ、フアン・シンもウェンディも「心底理解できない」という表情をしていた。
 
 
 翌日は朝早くにマラッカへ出発するので、12時すぎに別れた。帰り際、ブランドショップの話をしているときに、フアン・シンが「昔の彼女がブランド好きで、某ブランドの高いバッグをプレゼントしてあげたのだが、その後連絡がとれなくなった」という小ネタを披露していて、そのあまりにベタな恋愛失敗談をリアルに体験した人がここにいた!と思ってちょっと感動してしまった。
 
 

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旅行2日目・夕方/中国とインドをひとめぐり編

 旅行記もだいぶ長引いてきましたので、ざくざくいきますよ。

 
 
 ムスリムの結婚式に飛び入り参加した後、アラブ街を後にしてチャイナタウンに向かった。チャイナタウンには地下鉄でも行けるのだが、今回は何となくバスにしてみた。バスのほうが、シンガポールの街なみを楽しめるし。
 
 
 バスは小銭を持っていないといけないので面倒だけど、その点、さっき地下鉄の駅で「EZ-LINKカード」というものを入手ずみなので問題ナシ。このカードは東京のSuicaみたいなプリペイドカードで、地下鉄とバスの両方に使えます。しかも、料金も現金で支払うよりカードを使った方が安くなるのでオトク。余談ですが、シンガポールではどこに行っても人が親切でしたが、このEZ-LINKカードを買ったときの窓口のねーちゃんだけは超無愛想だった! ファックオフ!!
 
 
 午前中と同様、ちゃんと目的の停留所で降りられるかハラハラドキドキのバス旅だったけど、ある停留所で中国系シンガポール人たちが一気にどどどと降りたので、私も続いて降りた。そこがチャイナタウンだった。
 
 
 のどが渇いていたので、ドリンク屋台でウーロン茶のペットボトルを買う。海外で甘くないウーロン茶を飲めると感動します。
 
 
 チャイナタウンは、道の両側に雑貨店やおみやげ屋さんがひしめき合って並んでいた。まあだいたいどの店も売っているものは同じで、「シンガポールは罰金大国」と書かれたネタTシャツ(これは本当にどこでも売っていた)とか、扇子や水晶玉、アクセサリーの類が多かった。
 
 
 チャイナタウンを歩き始めてすぐ、マッサージ屋さんの呼び込みに遭った。別にそこまでマッサージを切望してもいなかったのだが、まあそこそこ疲れていたし、そもそもこの旅行に来る直前までは働きづめだったし、ちょっとぐらいリラックスするのもよかろうと思って店に入った。料金は確か、30分で2000円くらい。
 

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 店内は薄暗く、ちょっとしたアジアンスパ風のインテリアで落ち着けた。揉んでくれたのは、Annaという名のおばちゃん。「本当に30分でいいのか、1時間だったら割引するよ」と何度も言われたのだが、この後、まだ行きたい場所もあったし「30分で」とお願いした。しかしこのAnnaおばちゃん、とっても上手なんである。夢心地の30分が過ぎた後、「延長する?」と聞かれて、つい「じゃあ、15分延長で」と答えてしまった。そのくらい気持ちよかった。
 
 
 マッサージ終了後、引き続きチャイナタウンをうろうろした。街中に突如、寺院と覚しき建物が現れたのだが、塀の上にはゾウの像が鎮座している。あれ、このゾウってヒンズー教の像では…?と思っていたら、やっぱりそこはヒンズー教の寺院だった。
  

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牛、います
 
 
 チャイナタウンのど真ん中に、ヒンズー教のお寺。シンガポールに来て一番感動したのが、このごった煮感である。でも、実際には中国系はインド系の、インド系はイスラム系の悪口を、それぞれ言っていたりするんだろうか。短期滞在なので、そこまでは分からなかった。 
 

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おいしそうな屋台が並ぶ通り

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カラフルな建物に赤提灯
 
 
 チャイナタウンを後にして、今度は地下鉄でインド街(リトル・インディア)へ向かった。駅を降りたらずいぶんきれいな大通りに出たので、「本当にここがインド街?」と驚いた。案の定、そのきれいな通りはインド街ではなくて、言うなればインド街の端の端だった。
 
 
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インドっぽくない、美しい大通り

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リトル・インディアは「小印度
 

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うわさの「ドリアン禁止」の看板発見!
 
 
 平日の夕方だったからか、インド街はそれほど人通りが多くなく、ちょっと寂しい感じがした。でも、立ち並ぶ家々はとてもカラフル。おもちゃの町みたいでかわいい。

 

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 しばらく歩いていくと、また大通りに出て、だいぶ人通りも多くなったので寂しくなくなった。交差点の角に、インドの?きれいなお菓子を売っているカフェを発見。あんまりきれいなので何か食べてみようと思ったのだが、どのお菓子にもインド風?の名前が付いていて、どれがどんな味なのかさっぱりわからない。
 
 
 仕方がないので、味見ーる……もとい、アジミールケーキ(AJIMIR CAKE)と書かれたお菓子を注文して、味を見ることにした。(この1文を書くためだけにこのケーキを選びましたので、クスリと笑ってやっていただければ幸いです)

 

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これがアジミールケーキだ!

 

 そんなわけでアジミールケーキの味を見たところ、おいしかったけど、バタースコッチのような濃厚で甘ったるい味だった。スパイスたっぷりのアジアン風スイーツを期待していたので、ちょっとびっくりした。

 

 カフェでは通り沿いのテラス席でケーキを食べていたんだけど、道行く軽トラックが信号で停まったとき、運転手のおっちゃんがこちらを見て目が合った。私とおっちゃんはどちらからともなく、お互いニコッと笑って手を振り合った。ああ、なんかうれしい、こういうの。
 
 
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テラス席からの風景。インド人いっぱい

 

 引き続き、インド街をぶらぶら。さっきも書いたように、全体的にカラフル。道端には、八百屋さんを何軒も見かけた。青菜やフルーツが山盛りディスプレイされていてとてもきれいだったが、強い日射しを浴びて萎びていたので、買うなら朝のうちがよさそうである。それから、シンガポールに来てから全然見かけなかった「軽トラ荷台乗り」を何台も見かけて、やっぱりここはインドなんだー、と思った。
 
 
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萎びた青菜たち

 
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軽トラの荷台におっさんごとぎゅう詰め

 

 夕方になり、日もだいぶ傾いてきて、インドの街はきらきらしてきた。カラフルで、それでいてちょっとくすんだような色合いの建物や通りに光があふれて、ちょっとびっくりするくらいきれいだった。

 

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旅行2日目・昼/ムスリムの結婚式に飛び入り編

 マラッカ行きのバスチケットを予約した後、MRTのLavender駅に向かった。バスターミナルから駅までは徒歩20分ほどの距離がある。折からの暑さもあって疲れ始めていたので、駅までバスに乗ろうかとも思ったが、よく考えたら小銭がまったくない。
 
 
 タクシーに乗ろうか、とも思ったが、「そういえば、シンガポールでは流しのタクシーをつかまえることはできなくて、所定のタクシースタンドに並ばないといけないと書いてあったな…」という、観光パンフレットで得た中途半端な知識を思い出し、仕方なくとぼとぼと歩き始めた。実際には、タクシースタンドでしかタクシーを停められないのは中心部の繁華街だけで、それ以外の場所では普通に手を挙げて流しのタクシーを停めることができたのだが、正しい知識を持っていないといろいろ余計な苦労をするという好例である。
 
 
 ようやくMRTの駅に着いたはいいが、券売機で切符を買うのに少し苦労した。目的地のボタンを押しても、ウンともスンともいわないのだ。周りにいた人たち数名に聞いて、ようやく切符を買うことができた。(細かいやりとりは割愛するが、要は、思いっきり強くボタンを押さないと券売機が反応しないのだ)
 
 
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きれいなMRTの駅
 

 アラブ街の最寄り駅である、Bugisに到着。外へ出て歩き始めると、おお!確かに中東の雰囲気。女性は皆スカーフで頭を覆い、肌や体の線を見せない格好をしている。さっそく周辺を散策して歩きたかったが、ちょうどお昼時だったので、まずはご飯を食べることにした。店頭に中東風ランチセットの看板が出ていた「House of Briyani(ハウス・オブ・ブリヤニー)」というお店に入ってみることにした。
 
 
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 インド、パキスタン、アフガニスタンの3種類の米の中から好きなものを選び、ショーケースの中に入ったおかず(チキン、ビーフなど)を1品選ぶ。注文の仕方がわからなくてあたふたしてしまったが、なんとか済んで席に着く。私はアフガニスタンの米と、チキンの煮込みを頼んだ。席からは、通りの様子が見えて楽しい。しばらくしてウェイターさんがドリンクの注文を聞きに来てくれたので、マンゴージュースを頼んだ。
 
 
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これで約650円(ドリンク含む)
 
 
 ピラフとチキンの煮込み、付け合わせの野菜がセットになったプレートが運ばれてきた。量の多さに圧倒される。特にライス。味はとってもおいしかった。フォークとスプーンで食べるのが変な感じで、ちょっと戸惑った。フォークとナイフではないのか…?
 
 
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すごく細長い、アフガニスタンの米
 
 
 食べ終えてレジで会計をしていると、スタッフの兄ちゃんと、そのお父さんとおぼしき爺ちゃんがいて、「どこから来たの?」と話しかけられた。「日本です」と答えると、「いま、君が食べたのはブリヤニーという料理なんだよ」と教えてくれた。後で調べたところ、ブリヤニー(ビリヤニ)というのは中東が発祥のピラフのようだ。こうして旅先で話しかけられるのは、一人旅ならではの醍醐味だなあと思う。
 
 
 お腹もふくれたところで、アラブ街の見学に繰り出す。通りにはアラブ女性が着るような服や布を売る店が軒を連ねていて、カラフルだった。ほかに、かごや民芸品などの雑貨店や、じゅうたんのお店などもあった。
 
 
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 アラブ街には、シンガポール最大のモスクである「サルタン・モスク」がある。ちょうどタイミングよく、あと15分ほど待てば観光客が見学できる時間になるところだったので、周辺をブラブラしながら待つことにした。
 
 
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サルタン・モスク
 
 
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アラブ街から1本入った路地
 
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モスク敷地内の女性用トイレはスカーフ着用のマーク!
 
 
 ようやく見学時間になったので、ほかの観光客に続いて私も中へ入る。男女問わず、タンクトップや半ズボンなど肌の露出が激しい人は、受付でガウンを借りて着用する。半袖カットソーと長ズボンを着ていた私は、受付の人に「君はOK」と言われた。つまり私は、人々の欲望をそそる対象ではないということですね。知ってたけど。
 

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ガウン着用の人々
 
 
 中に入ると、すぐ目の前に大きな礼拝堂がある。何人か、お祈りしている人もいた。礼拝堂の手前には赤いじゅうたんが敷かれていて、信者以外はじゅうたんの上に上がってはいけないことになっている。壁には時計が2つ。1つはシンガポールの時間、もう1つはメッカの時間を指している。
 
 
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 赤じゅうたんの上には、信者の人たちが大勢いた。しばらくすると、みんなが大きな輪になって座り始めた。何かの宗教行事が始まるのだろうか?
 
 
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 何が起こるのかと観察していると、輪の中央に、なにか貢ぎ物のような品が置かれていることに気付いた。ハイヒールの靴やブランドバッグ、ANNA SUIの香水などがきれいな箱に入れて並べられている。あれ、これってもしかして結納のようなものなのでは? ってことは、もしかしてもしかすると、ムスリムの結婚式がこれから始まるの?
 
 
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新郎から新婦への贈り物。このほかに、新婦から新郎への贈り物もあった
 
 
 タイミングのよさに感謝しつつ、結婚式のようすを一部始終、見守ってしまった。新郎と新婦は並んで座るのではなく、輪のこちらとあちらで対面する形で離れて座っていた。新郎の側には、長老らしき人々。関係者が結婚誓約書のようなものにサインした後、長老によってお祈りの言葉、あるいは結婚誓約の言葉が唱えられ、2人は晴れて夫婦になったようだった。
 
 
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 私を含め多くの観光客が結婚式を見学していたが、その中に、ムスリムのおばちゃんもいた。彼女は私と、並んで見学していたドイツ人女性に話しかけてくれて、ムスリムの結婚式についていろいろ教えてくれた。この誓約式は結婚行事の中でもっとも大切なものなのだという。後日、改めてお披露目パーティーが開かれるそうだが、その規模がすごい。ゲストが200人に達するのは普通で、多いときには1000人のゲストが集まることもあるのだそうだ。1000人て。
 
 
 ちなみにこのおばちゃんは、新郎新婦の親せきの一人だという。私はせっかく知り合えた記念にと、「一緒に写真を撮ってくれませんか?」とおばちゃんに頼んでみた。おばちゃんは快く応じてくれて、私は「ありがとう!」とお礼を言ってムスクを去るはず……だった。
 
 
 ところが! おばちゃんが私のところへやって来て、「こっちへ来て一緒に写真に写りましょう」と言っている。何ごとかとついていってみると、なんと、新郎新婦と親族が一緒に写る家族写真に、あなたも一緒に入りなさい、と誘ってくれているのだ。いや、めっちゃ面白い展開だけど、それ、部外者である私が入っちゃダメなんじゃ…? しかも、信者でもないのに赤じゅうたんを踏んでいいものなのだろうか!? 考える間もなく、おばちゃんに連れられて本当に家族写真に収まってしまった。
 
 
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 皆がムスリムの正装を身にまとう中、わたし一人だけが平服、というより近所のコンビニに行くような適当な格好をしていたので平服以下だ(写真右)。しかもテンションが上がって一人だけ妙に体を傾け、ヘラヘラと怪しげな笑みを浮かべていて、新郎新婦に申し訳ないことこの上ない。
 

 写真を撮り終えた後、新郎新婦に向かって「おめでとう!」と声をかけた。「ありがとう」と答えながらも、私に向かって「こいつ誰…?」と不審そうなまなざしを向ける2人。そりゃそうである。考えてみれば、私が誰なのかは、例のおばちゃん一人しか知らない。つまり、この記念写真が仕上がって、おばちゃんがいないときに見てみたら、やっぱり「こいつ誰…?」となるに違いないのだ。
 

 人生最良の日、身内だけの大切な記念写真に、正体不明の東洋人が写っている。将来、2人に子どもが産まれて、その子が大きくなったときにも「ねぇねぇ、パパとママが結婚したときの写真見せてー! ……あれ、この右端に写っている東洋人は誰?」と質問されるかもしれない。その謎は末代まで語り継がれるのだろう。本当にごめん。
 
 
 でもめっちゃ楽しかった!
 
 


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旅行2日目・朝/マラッカ行きバスの予約編

 2日目の朝。前日、寝ついたのは結局3時半すぎだと思うが、旅行中というのはどうもダラダラ寝ているともったいない気がしてしまう。9時すぎにはシャワーを浴び、荷物整理や身支度をした後、10時すぎに外へ出た。
 
 
 シャワーは清潔で、水もお湯も問題なく出て、とても快適だった。洗顔フォームと石けんを忘れてしまったのだが、シャワーブース内には他の宿泊客が置きっぱなしにしていたものがあったので、「困ったときはお互い様」と勝手に思い、人様の洗顔フォームと石けんを遠慮なく使わせてもらうことにした。
 

 外へ出てまずしなければいけないことは、翌日、マラッカへ向かうバスの予約。ホステルのスタッフに聞くと、Lavenderという駅の近くに、バス会社の受付カウンターがたくさん集まる「ゴールデンマイル・コンプレックス」というビルがあるらしい。とりあえずこのビルに行けば、予約できるんじゃない?ということだった。
 

 幸いなことに、ホステルのすぐ近くには観光案内所もある。マラッカのバスの予約についてもう少し調べるため、念には念を入れて案内所にも寄っていくことにした。
 

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ホステルの入り口

 
 シンガポールの街は、とてもきれいだ。噂に聞いていたとおり、ごみ一つ落ちていない。そして、あちこちに草木が植えられていてとても爽やかだ。木陰があるせいか、暑いのに「暑苦しい」感じはしない。
 

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リサイクル用のゴミ箱

 
 それにしても空腹である。もう15時間ほど何も食べていないのだから、当然だ。まずは腹ごしらえをしたいところだが、ここで適当なものを食べてお腹がいっぱいになってしまったら、後で本当に食べたいものを見つけたときに食べられないかもしれない…。持ち前の食い意地によって冷静な判断を促され、とりあえず近くのコンビニ(セブン・イレブン)に入った。

 
 コンビニには、なじみ深い、あの「肉まんあたため器」があった。この暑い時期に肉まん…?と思ったが、1年中常夏のシンガポールでは、そもそも肉まんに適した季節というものがないのかもしれない。面白そうなので、1つ買ってみることにした。

 
 日本では「あたため器」はレジの側にあって、店員さんが庫内から肉まんを取り出し、袋に入れてくれる。が、シンガポールの「あたため器」は、レジからだいぶ離れた場所にあった。「これって自分で袋に入れていいの?」とレジのインド系女性に尋ねると、「もちろんよ」とのことだったので、「黒コショウ味」の肉まんを選び袋に入れた。サイズが小さいので、ちょっとした腹ごしらえにはちょうどよさそうだった。

 
 肉まんとミネラルウォーターを購入し、店の外の通りにあったベンチに座ってさっそく食べた。ちなみにこの時、私がいた場所は「オーチャード」というところで、ブランドショップが建ち並ぶおしゃれエリア。平日の午前中なのでそれほど人通りは多くなかったものの、通りかかる人は皆、きちんとした格好をしていて、立ち食いや歩き食いをしているような人は見かけなかった。ベンチで一人、肉まんをほおばっている私は確実に目立っていた…。

 
 ここで、ふと思う。シンガポールは「罰金大国」だと聞いたことがある。現に地下鉄の車内や駅構内での飲食は禁止されており、見つかった場合は多額の罰金が課せられる。もしかしたら、道端での飲食も禁止なのでは…。そうだとすれば、周りに飲食をしている人を見かけないのもうなずける。

 
 やがて頭の中にはどんどん妄想が膨らんで、「麻薬を密輸した者は死刑」という罰則とごっちゃになり、「道端で飲食した者は死刑」という恐怖におそわれた。あわてて肉まんを飲み込み、何ごともなかったかのように再び道を歩き始めた(※実際は道端での飲食OK)。肉まんはコショウがきいていて結構辛かったが、いい腹ごしらえになった。
 

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 観光案内所では、マラッカ行きのバスについて詳しく教えてもらった。先ほどの「ゴールデン・マイル・コンプレックス」ではなく、そこから少し離れた場所にバス会社のカウンターがあるという。どちらにしても、Lavender駅で降りることに代わりはない。

 
 LavenderまではMRT(地下鉄)で行ってもよいのだが、ちょうどバスが来たのでバスに挑戦してみることにした。料金は1.30ドルだったのだが、乗った後で運転手さんに「1.15ドルしか手持ちがないんだけど…」と言ったら見逃してくれた。バスは日本のバスと変わらず、きれいで快適だった。

 
 困ったのは、停留所の車内アナウンスがないことだった。つまり、自分が降りる場所を景色から判断するしかない。運転手さんに「Lavenderに着いたら教えて!」と言っておけばよかったのだが、今から頼みにいくのも面倒だな…と思い、血眼になって窓の外を凝視し続けることにした(運転手さんに頼んだ方が楽だったかも)。ともあれ、無事にLavenderの停留所で降りることができた。

 
 バスターミナルに向かって歩き出す。アラブ系の店や中国系の店が建ち並び、繁華街とはまったく違う雰囲気だ。そんなににぎやかなエリアではないようなので、夜に1人で歩いたら、ちょっと怖いかもしれない。
 

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パステルカラーの建物たち

 
 少し道に迷いながらもターミナルに到着し、明朝のチケットを予約した。8時という、私にしてはとんでもなく早い時間のバスである。荷物の準備やチェックアウト、ターミナルまでの移動を考えると、翌朝は6時台には起きなければならない。でもまあ、マラッカまではバスで4時間かかるわけだし、その間に眠ればいいだろう。
 
 
 ところで、最初にホステルのスタッフに聞いた「ゴールデン・マイル・コンプレックス」には結局行かなかったわけだが、後で調べたところ、スタッフの言っていたとおり、マラッカ行きのバスはここからも出ているようだ。このビルはタイ料理店やスーパーなどが集まる「リトル・タイランド」とも呼ばれる場所で、タイ方面行きのバスの発着所となっているらしい。私がチケットを買いに行ったところは本当にただの「ターミナル」で、まわりには何もお店がなかったので、チケットを買うならゴールデン・マイル・コンプレックスに行った方が何かと便利な気がする。次回はそうしよう。

 
 さて、無事にバスの予約ができたところで、いよいよシンガポール観光スタート。この日はアラブ街、チャイナタウン、リトル・インディアを回ることに決めていた。まずはアラブ街に向かうべく、MRTの駅を目指した。

 


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旅行1日目/旅立ち編

※自分のための備忘録的に書いていたら、やたら長くなってしまいました。ご興味のある方はどうぞ。
 
 
 18時45分の便でシンガポールへ発った。遅い時間のフライトは家を出るまでのんびりできていいな、などと思っていたのだけど、結局、直前まで仕事をしたり、メールを書いたりしていて、時間ギリギリに家を飛び出した。こういうときは、忘れ物がありそうで怖い。パスポートは持ったよな……。
 
 成田空港の駅に着く直前、何気なくiPhoneでメールチェックをしたところ、かつての会社の後輩から「今日・明日中に返事がほしい」という急な問い合わせが来ていた。そんなに頻繁に連絡をとっているわけじゃないのに、よりによってこのタイミングかい! すぐに返事ができる内容ではなさそうだったので、とりあえず本人に電話をして、「かくかくしかじかで、明日になったら返事ができるかもしれない」という旨を伝えた。
 
 会話の中で、その後輩と数名が最近、かつての同僚の新居に遊びにいったらしいことがわかった。新居には私も一緒に行こう、と誘われていた気がしたのだけれど、そうか、私には何の連絡もないままみなさんで楽しくお呼ばれしてきたのか…。私って、友達いないんだね…。旅行前だというのに、テンションはいきなり大暴落。半泣きの状態で北ウイングへとぼとぼと向かったところ、自分のフライトが南ウイングだったことに気付き、ますます落ち込む。
 
 ノースウエスト航空のカウンターでチェックインをしようとして、「セルフ・チェックイン(ATMのような機械を使った自動チェックイン)もできるんですよね?」と、係員にたずねたところ、「どちらへ行かれるんですか? シンガポール? もう時間がないので早く中に入ってください」と追い立てられる。この時、出発時刻まで1時間30分。そんなにギリギリでもないはずなのに、なぜ追い立てられたのかさっぱり分からない。しかも、係員の態度がとっても悪い。またもや落ち込む。
 
 どうにかこうにか出国手続きをすべて終えると、出発時刻の50分ほど前から搭乗手続きが始まっているようだった。搭乗手続きって、こんなに早かったっけ。まあ、ともかく、無事に席に着くことができた。あとは、飛行機が自動的にシンガポールへ連れて行ってくれる。
 
 ところで、待てど暮らせど隣の席には誰もこない。どうやら、2つ並んだ席を私ひとりで独占できるようだ。いつもなら「広く使える!」とウキウキするところだけれど、落ち込んでいるだけに、「やっぱり私はひとり…。シンガポールまで7時間、ひとり…」とますますドツボにはまる。離陸してすぐに、タイガービールを注文した。ムリヤリにでも景気をつけないと、やってられなかったのだ。タイガービールはあっさりした口当たりで、とってもおいしかった。
 
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 飛行中、映画を2本観た。本当は『リトル・ミス・サンシャイン』の監督の新作『サンシャイン・クリーニング』が上映されていたのでそっちを観たかったのだけど、これはピロシと観たほうが話のタネになるだろうと思い、ぐっとこらえて別のを選んだ。
 
 気分を盛り上げるため、ジム・キャリー主演のコメディ『イエスマン』を選んだ。ジム・キャリーを見るのは久しぶりで、あんまり老けていたのでびっくりした。ストーリーはというと、特に何の工夫もないコメディで、ちっとも面白くなかった。
 
 途中で出された機内食は、ショボかった。でも、たったの2万7000円で日本からシンガポールに連れて行ってくれて、さらにはシンガポールから日本へ帰してくれて、おまけにご飯まで出してくれるのだから、ほとんどタダみたいな値段ですよね、と思った。
 
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 2作目は、少しは内容のある作品にしようと思って『レボリューショナリー・ロード』を選んだ。主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。結婚して数年たった夫婦の葛藤や衝突を描いた作品で、最終的に、2人は新しく進むべき道を見いだすのだろうと思っていた。ところがどっこい、これがまあ実に暗いお話で、盛り上がりかけていた気分もすっかりズンドコに逆戻りしたところで無事、飛行機はシンガポールのチャンギ国際空港に到着した。
 
 入国手続きを終えて空港のフロアに出ると、深夜の1時だというのに出迎えの人や、出発を待つ人たちがたくさんいた。周囲を見回すと、どこもきれいで、安全そうで、深夜だからといって身の危険を心配する必要はなさそうだった。
 
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 事前に調べた情報によると、空港から市内へ向かうシャトルバスやMRT(地下鉄)はすでに終電の時刻を過ぎていて、タクシーを利用するしかない。深夜時刻が加算されるので、タクシー料金はおそらく3500〜4000円。ただ、せっかく安い航空券をとったのに、そのために余計なタクシー代を支払うのは何ともアホらしい。
 
 ダメもとでインフォメーション・カウンターのお姉ちゃんに聞いてみると、市内の主要ホテルに送ってくれるシャトルがまだ運行しているとのこと。やった! シャトルは9ドル(約600円)なので、タクシーで行くよりずっと節約になる。受付の兄ちゃんに聞いてみると、ユースホステルの目の前まで送ってくれるという。よかった! どうやら、「シャトルは深夜0時まで」という情報は誤りのようで、実際は24時間運行しているのかもしれなかった。
 
 それにしてもインフォメーション・カウンターの姉ちゃんといい、シャトルの受付の兄ちゃんといい、みんなとても親切に、礼儀正しく対応してくれる。心が弱り気味だっただけに、人の親切が身に染みる…。
  
 シャトルの窓から見たシンガポールの街は、深夜だというのに明るくて、人も歩いていて、廃れた感じがちっともしなかった。噂どおりの、きれいな街。
 
 ようやくホステルに着いたころには、午前2時半を回っていた。事前に連絡しておいたので、スタッフが受付で待っていてくれた。細っこくてちっちゃい、黒髪ショートカットの女の子。チェックインの後、建物の中を案内してもらう。ネットの写真で見たとおり、とてもきれいなホステルだ。
 
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 ひととおり案内してもらった後、女の子と別れてまずはトイレに行き、それから部屋へ向かった。ところが、何度トライしてもカードキーが開かない。ほかの宿泊客はもう寝ているので、あまり何度もガチャガチャやっては迷惑になる。困り果て、助けを求めにフロントへ戻ると、女の子はすでに寝てしまったようで、そこには誰もいなかった…。
 
 仕方なく部屋へ戻り、再びドアを開けようとガチャガチャやっていると、まだ起きていたらしい西洋人の女子が内側からドアを開けてくれた。「私もさっき、開けられなくて苦労したのよ」と言っているところから考えるに、カギを開けるにはちょっとしたコツがいるらしい。ともあれ部屋に入ることができて、ほっとした。西洋女子にお礼を言って、音を立てないように、そろりそろりと荷解きを始めた。
 
 よし、シャワーを浴びて寝るぞ!…と思ったところで、ふと気付く。部屋を出たらまた、カギを開けられなくなる可能性が高い。さっきの西洋女子も寝てしまった。もう、ドアを開けてくれる人はいない。つまり、私は明日の朝まで、この部屋から出られないのだった…。
 
 シャワーを浴びるどころか水も飲むことができず、そういえば機内食を食べてから何も口にしていないので胃の中はからっぽで、まるで健康診断の前日のような心境でベッドに入った。
 
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ただいま帰りました

シンガポール、マレーシア(マラッカ)の旅から戻りました。

 

シンガポールでは運よくムスリムの結婚式に遭遇し
なぜか家族の記念写真に飛び入り参加させてもらい。
マラッカでは60歳と70歳のじいちゃん兄弟と友達になって
嫁の愚痴を聞きつつ酒を飲み。
どっちの国も、とっても人がよかった!

 

ぼちぼち旅行記でもアップしていきます。



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