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2011年3月

英二との数時間

週末、なりゆきで中央線界隈の物件を見に行くことになった。
と言っても、そんなに真剣に引っ越しを検討してるわけでもないんだけど…。
そもそもこのご時世、果たしてこのまま東京に
腰を落ち着けていいのかどうかもわからないんだけど…。
 

たまたま入った不動産屋に聞いたら、
やっぱり、同じような不安(東京に腰を落ち着けていいのか)を
感じている人が多いのか、「引っ越しシーズンなのに暇!」ということだった。
暇というだけあって、飛び入りの私たちにも丁寧に対応してくれた。

 

いえね、今の家にはそんなに不満はないのですよ。
2年半前、チョー成り行きでこの家に引っ越してしまって
最初は「どうだろう…」と不安でいっぱいだったものの
思ったより間取りも悪くなくて、広さも十分だし、割と好きなんですよね。
でも、家はよくても、町に愛着が持てなくてねぇ…。
やっぱり中央線に戻りたいのよねぇ。
 
 
そう思う一方で、中央線の物件を探すとなると
今より条件が悪くなるか、家賃が高くなるかのどちらかなので
だったら今のままでいいのかなあ〜と迷ったり。
 

ともかく、その日は板東英二そっくりの営業マンが対応してくれて
彼の運転で、高円寺と西荻窪の物件を見に行った。
だいたいからして、私は不動産屋全般にいいイメージを持っていなくて
あいつら、「早く決めた方がいいですよ」ってせかしてきやがるばっかりだ!
ペット可物件で、条件が悪いからって足元みやがって…。
 

…と、この日も斜に構えていたのですけど
板東英二は、珍しく「せかすタイプの不動産屋」ではないらしく
「すぐには見つからないと思いますんで、
3か月とか、長い目でお付き合いいただければ」と言った。
うむ、好感が持てるぞ。

 

「今はどこの不動産屋も、ネットワーク上で物件を共有しているので
あとはどこの不動産屋で契約するかっていう話なんですよね。
ですから、今日、これから物件を見に行く中で
私の人柄なんかも見ていただいて、それで決めていただければ…」
 

板東英二はこうも言っていたが、
数時間、一緒に過ごして分かったことは
彼はチョット性格悪いかも…ということだった。
でも仕事自体はちゃんとやってくれそうだから、別にいいや。

 

ていうかホントに引っ越しするのかなー。
(あまりやる気なし)

 
 

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地震が起きたとき

地震が起きた日、私はいつもどおり家にいて
パソコンに向かって原稿なぞ書いていたわけですが。
最初に揺れがきたとき、
「ああ、また地震か、やだな」
なんてなめてかかっていたのだが
待てど暮らせど収まる気配はない。
普段からビビリなもので、そんなに大きな地震じゃなくても
比較的早い段階でテーブルの下に隠れるのだけど
このときもそうして隠れていたら、ある瞬間、
びっくりするほど大きく揺れ始めた!
わが家では無印良品のスチールユニットシェルフに食器などを入れていて、
そのシェルフがすぐ近くで揺れ、食器がかちゃかちゃ音を立てる。

 

怖いのは音。

 

家具が倒れてこないのは幸いだけど、
食器の音、窓のサッシががたがた揺れる音、物が落ちる音、
レンジの上からもオーブン用のトレイが落ちて派手な音を立てる。
その音に猫がびっくりして、部屋の奥に走っていってしまった。
わたしは一人、テーブルの下でアホみたいに
「やだー、やだーもう」とか
「ねね! ねね!」(←猫の名前)とか言いながら
ひたすら揺れが収まるのを待っていた。
このまま揺れが大きくなったら、マンションが崩れ落ちて
わたし、死ぬのかな。死にたくない!と、
はじめて具体的に思った。

 

揺れが収まってまわりを見てみたら、
大した被害はなかったけど、それでも、
今まで経験した地震の中で一番大きい被害だった。
コーヒーが入っていたマグカップは床に落ちて、
テレビ番組をダビングしたてのDVD-Rが濡れていた。
キッチンにはほかにもたくさん物が落ちていて、
書斎に行ったら、予想通り本やら物やらがたくさん床に落ちていた。
でも、2つある180cmの本棚が倒れていなかったのは奇跡!

 

もう怖くて怖くて、家には自分一人だし、この時ほど、
「会社に勤めていればよかった」と思ったことはなかった。
ツイッターに書き込んで少し落ち着いたけど、物理的には一人。

 

猫の名前をいくら呼んでも見つからず、
半泣きになって押し入れの奥を探したら、いた。
嫌がる猫をむりやり引きずり出して、キャリーバッグに入れた。
とにかく避難できるようにしなくては…。

 

何度か余震があって、恐ろしすぎるので
外に避難しようと思った。
実際、キャリーバッグを抱えて着の身着のまま(寝間着のまま)
何度か外に出てみたんだけど、外、意外なほど普通なのね。
みんな携帯を見て心配そうにはしているけど、
普通に歩いてて、まったくもって日常の風景。
猫だけ連れて逃げてきました!っていう感じの人は
ほかに見当たらなくて、とりあえず近所の駐車場で少し休んで
しばらくしてから家に戻った。

 

あれでも、震度5弱だったんだって。
震度7なんて、想像もできないよ…。
 

その後も、家でびくびくしながらネットやテレビをチェックしてたら
少ししてから、取材の依頼とか、原稿確認の依頼とかのメールがきて
なんかちょっと、逆にびっくりしたりもした。
 
 
何年か前に買った、無印の防災用品セットも出してきて
いつでも持っていけるように、玄関のところに置いておいた。
こういうのって、日ごろからすぐに持ち出せる所に置いてないと意味ないね。
ある意味、いい避難訓練になったともいえる。

 

一応、夫にも連絡してみたが、電話がつながらない。
でもツイッターで書き込みが確認できたので、まあ大丈夫らしい。
都内の実家にも連絡がつかないので、夫(会社が実家に近い)に
直接行って、母の様子を見てきてもらうことにした。
夫は家に招き入れられ、結局、夕飯まで食べてきたらしい。

 

電車が止まってて、夫は会社から帰ってこられないかもしれず
余震の不安を抱えながら一人で寝なければいけないのか!と
恐れおののいたが、夜遅くになんとか電車が再開したようで、
夫も帰ってきた。
余震が怖くて、風呂にも入らず、寝間着にも着替えず
いつでも逃げられるように居間で寝た。

 
 

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週末のにっき

土曜日は、昼に中国語のレッスンを受けて
そのあと、翻訳セミナーの取材に行って
夜に姪っ子(5歳)、甥っ子(3歳)のお世話をしに、夫の妹さんの家に行った。
義妹は看護師さんで、この日は夜勤だったのだ。
 

ママが出勤したあと、前に買っておいた
なぞると動物の絵が描ける型抜き(?)みたいなものを
ふたりにそれぞれ一つずつあげた。
そ・し・た・ら!
お姉ちゃんがそれを受け取ったときに
「こういうの、一つ欲しいと思ってたんだ〜」
と、ザ・社交辞令的なことを言ってくれて
どこでそんなせりふ覚えてくるんだろう!
女の子の成長ってやっぱりすごい!
と驚くと同時に、何だか申し訳ない気分になったのだった。
 

DVDを見たり、おもちゃで遊んだりして
2人とも基本的にゴキゲンだった。
姪っ子は、夜9時から始まるドラマ「デカワンコ」が好きらしく、
7時半ごろから10分おきくらいに
「いまなんじ?」
「9時になったらおしえてね!」
と何度もわたしたちに尋ねていたんだけど
いざ、ドラマが始まったら、30分くらいで寝落ちしてしまった。
コタツに入って横になったら、そら寝るわな。

 

さあ布団に入ってちゃんと寝ましょう、という段になって
甥っ子が、ママを恋しがってぐずり始めた。
…が、10分ほどですぐに収まって
最後はお姉ちゃんと一緒にトイレに行って、ふたり並んで寝ていた。
ママ(=義妹)いわく、普段はきょうだいげんかもよくするらしい。
でもいざというときには、「私がしっかりしなきゃ!」と
弟の面倒を見てくれるお姉ちゃん。えらいなあ。
長女の宿命でつらいこともあるだろうが、頑張るのだぞ。

 

翌朝、先に起きて勝手にテレビを見ていたお子たちだったが
8時半ごろには、ついにむりやり布団を引きはがされ
私も起きるはめになった。
しばらくして、夜勤から戻ってきたママと一緒に、
みんなで近所の公園に行った。
広い公園で、ミニSL(本格的!)とかゴーカートとか
遊具がかなり充実していて、びっくりした。

 

あんなに子供が苦手だった私も、
姪っ子、甥っ子に対しては、何度も会ううちに「身内」という意識になって
今では仲よく遊ばせてもらっている。
彼らの面倒を見るとき、今のところ「嫌だな」とか「むかつく」とか
思うことが全然ないんだけど、これって、限られた時間で、
「面倒を見る」ことだけしていればいい(ほかに何もしなくていい)からであって
日常生活の中で、つまり、ほかにやるべきことがたくさんある中で
毎日、子供の世話をするのは本当に大変だろうなと思う。
子供がいるすべての人を尊敬しますわ…。
 

最近は割と、そろそろ子供がいてもいいかな〜とか思うんだけど
しかしだね、ほかにやりたいこともたくさんあってだね、
タイミングがなかなか難しいですよね。
うまいこと両立できんものかね。

 
 

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ベトナム3:右見て左見てゆっくり

無事に翌日のツアーを申し込み終えたところで、
ホーチミンの街に繰り出した。

 

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感想は、まあ、本当にありきたりだけど
バイクが多いね…。
台北もバイクが多かったけど、最低限、信号は守られていて
多少なりとも「人優先」な空気があった。
でも、ベトナムはすべての道路においてバイク優先。
大通りも小さな路地もすべて、歩道すらも…。

 

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信号も、大きな交差点では時たま見かけるものの
その数は圧倒的に少なくて、
基本的には信号なしの道路を渡ることになる。
わりかし交通量の多い道路も、信号なしで渡る。
 

バイクや車がびゅんびゅん走っている道路を渡るにはどうするか。
すきを見て、素早くサッと走り抜ける?
それは間違いである。
素早く動くと、かえって轢かれる危険性が高い。
逆にゆっくり、少し歩いては止まり、少し歩いては止まりを繰り返して
こちらに向かってくるバイクと、お互いに何となくタイミングを計りながら
時間をかけて、ようやく渡りきるのである。
 

…面倒くさい。
もう、本当に面倒くさい。
なんで、道のこちら側からあちら側に行くだけで
これほど神経を使わなくてはならないのか。
ほんの少しの移動すら面倒くさい。
 

とはいえ、ずっとじっとしているわけにもいかないので
根性でいくつもの道を渡り、
ホーチミンのメインストリートはひととおり歩き回った。
途中、カフェやスーパーに立ち寄ったりしつつ。

 

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全体的に思ったのは、日本のガイドブックに載っている
「かわいい雑貨がいっぱい!」
「おしゃれなカフェでひと休み!」
…というイメージは、かなり誇張されたものだなということ。
「おしゃれストリート」と思って歩いてみたら、
「あれっ、これだけ?」と拍子抜けすること多数。
(ちなみに、おしゃれな店がたくさんあればいいってもんではなく
単に、随分ガイドブックとイメージが違うんだなというお話)
 

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とても恐ろしい「感電注意」の標識。
   
 
それと、ベトナムの人たちは昼間からみんな
道路にいすを出して座って、おしゃべりしたり
コーヒーを飲んだりしている。
貧乏暇なし生活に慣れている身としては、
こんなにのんびりしてて、どうやって生計を立てているのだろうか…と
不思議に思ってしまうのだけど、どうにかなるシステムなのだろう。
  

昼間はベンタイン市場の中にある屋台で
ミー・クアンという料理を食べた。
太めの麺に、ちぎった煎餅とかピーナッツ、
海鮮、厚揚げなどを載せた料理。
これ、とってもおいしかった!

 

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聖母マリア教会。


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マリア像の前を通りすぎたら、
敬けんなキリスト教徒と思われる女性の一団がいた。
そのうちの一人は真剣なまなざしでマリア像を仰ぎ、
そのご加護を大きなお腹に引き寄せるようにしていて
通りすがりの私も、これから生まれくる子供の
幸せを祈らずにはいられなかった…。
こういう、曇りのない信仰に出くわすと
圧倒されてしまうよね。

 

買い物はほとんどせず、一つだけ、可愛いミニポーチを買った。
こういうのをガイドブックに載せれば、
確かに「かわいい雑貨がいっぱい!」なイメージになるだろうな。
それから、疲れたので夕方に全身マッサージを受けた。
アロマオイルを使った、多少、スパに近いメニューだったが
適当な店を選んで入ってしまったので、技術はまあそれなり。

 

夜は勇気を出してタクシーに乗り、バインセオの専門店に行った。
どのガイドブックにも載っている有名店らしいのだけど、
実際に行った人2名から「本当においしいよ!」と
お墨付きをいただいたので、行かないわけにはいかなかったのだ。
 

タクシーのおっちゃんにボラれることもなく、
無事にバインセオの店についた。
外のテーブルで、地元の人々に混じって食べたバインセオは、
本当にとてもおいしかった!
滞在中、できればもう一度食べたかった。
それほどおいしかった。(語彙が乏しくて悲しい…)
  

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ベトナム2:人の年齢を当てるな

ホーチミン1日目。
起きて、とりあえずフォーで腹ごしらえ。
私が泊まっていたのはバックパッカーのための安宿が集まるエリアで
つまりは観光客が多いわけで、このフォーも観光客向けのいいお値段(5万ドン)。
特別おいしくもまずくもなく、まあまあなお味。

 

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街を散策する前にまずやっておくべきは、翌日のツアーを申し込むこと。
このエリアにはツアーの代理店がわんさか軒を連ねているのだけど
当然、代理店によってツアー内容の良し悪しはあるらしい。
とはいえ、あちこち代理店を巡って比較検討するのも面倒だったので、
老舗かつ信頼ある(とされている)シンカフェで申し込むことにした。
ちなみにシンカフェは現在「シン・ツーリスト」という
社名に変わってるのですが、面倒なので、ここではシンカフェで。
 

シンカフェに向かう途中、
別のカフェの店先で客引きをしている兄ちゃんがいて
日本語で話しかけられたので、内心「面倒だな…」と思いつつ
「こんにちは」とあいさつくらいは返してみた。
あいさつは社会人の基本だからね!
 

ところがこの兄ちゃん、二言目に「何歳デスカ?」と聞いてきた。
ちょっと、レディーに向かっていきなり失礼じゃないの!
しかも「サンジュウ?」などと、
実年齢とほとんど変わらない年齢を言い当ててきやがった。
こういうときはさ、お世辞でも20代後半くらいに言っておくべきじゃないの?
だからアジアって嫌なのよ!(※欧米圏だと、アジア人は若く見られる)
 

気を取り直して、シンカフェでツアーの申し込み。
私が申し込みたかったツアーはふたつあって、ひとつはメコンデルタに行くツアー。
もうひとつはクチトンネル(ベトナム戦争時、ゲリラ戦で使われたトンネル)のツアー。
両方のツアーを1日にまとめようなんて思っていたのだけど、甘かった。
この2か所は、かなり距離が離れていたのだ。
仕方ないので、翌日にメコンデルタのツアーを申し込んで、
翌々日の午前中を使ってクチトンネルに行くことにした。
 

それにしても、信頼ある(とされている)シンカフェですが、
ツアー申し込みの時、ほんの少しだけど
高い値段を払わされていたことが後で発覚。
定価がないに等しいこの国では
「交渉して、納得したら支払う」が基本なので
自分が納得して払ってしまったものは仕方ないんだけど。
シンカフェのツアーに関しては、たぶんサイトにある値段が基本で
最安値と思われるので、今後申し込む人はここの値段をチェックしていきましょう。
http://www.thesinhtourist.vn/
 

 
あと、全体的にベトナムでは、観光関係の支払いに
ほとんどドルが使えるので、ドルを持っていくのが一番オトクです。
私も持っていけばよかったよ…とほほ。

 

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