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2011年8月

トルコ16 アンカラ・エクスプレスに乗る

記憶を頼りに旅行記を書いてみようシリーズ!
 
 
●5日目/イスタンブール→サフランボル
 
イスタンブール4日目の夕方にハマムに入ったのには訳がありまして。
この日の夜、寝台列車で次の街に移動したんですね。
で、列車に乗る前にハマムでひとっ風呂浴びてきたと。
 
 
イスタンブールのユースホステルに戻り、
同室の女性と近くで夕飯を食べて
寝台列車の発車する駅に向かいました。
駅は歴史ある建物のようで、いい雰囲気…。
待合室には、同じく夜の列車を待っている旅人やら
地元の人やらがたくさんいて
もう、旅情をかき立てられるったら!
 
 
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しかし、困ったことに切符がトルコ語。
切符を見ても、何番ホームから発車するのか
何号車なのかが全然わからない…。
意を決して、待合室で親切そうなトルコ人に声をかけてみる。
その人は残念ながら言葉が通じなかったんだけど、
非常に親切で、お仲間の中から英語ができる人を紹介してくれた。
ありがたや〜。
 
 
寒かったので、駅のスタンドで「コーヒー」と頼むと
「ネスカフェ?」と聞き返されたので一瞬、ひるんだ。
後でわかったのですが、トルコでは、
インスタントコーヒー=ネスカフェとなっているらしい。
 
 
とにかく、なんとか無事に電車に乗り込んだ。
今回乗ったのは、アンカラ・エクスプレス。
この列車でアンカラまで向かって、
そこから長距離バスでサフランボルという街まで行きます。
 
 
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アンカラ・エクスプレスの個室は普通にちゃんとしてて、
テンション上がりまくり!
明日の朝まで、ここは私のお城…。むふふ。
 
 
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寝心地もなかなかよく、大変楽しい寝台列車の夜を過ごしたのですが
まさか翌朝、あんな落とし穴が待ち受けていようとは…(つづく)。
 
 
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トルコ15 ムサカうまい

記憶を頼りに旅行記を書いてみようシリーズ!
とりあえずトルコ。(もう1年前…)
 
 
●4日目/イスタンブール
 
霊的トイレで用を足した後、
ハマムに行く道がわからなくなって
通りすがりの男性に尋ねてみた。
 
 
そしたら、彼は若いころに日本人の彼女がいたとかで
そのせいか私にも大変親切にしてくれて、
結局、ハマムまで連れていってくれた。
仕事中だったっぽいんだけど、大丈夫なのかなあ。
あと、「昔、日本人の彼女がいたんだ」って言う
トルコ人男性は彼のほかにも何人もいました。
(この兄ちゃんは割とホントっぽかった)
 

ハマムまでの道のりは、結構わかりにくかったので
連れていってもらって大変ありがたかった。
そして、急坂!
しかも、案内してくれた兄ちゃんは
大柄な上に大またでスイスイ歩いていくので
私は彼の後を追っていくので精一杯でありました。
いい人だったなあ、兄ちゃん。早足だったけど…。
 
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おなかがすいたので、ハマムに向かう途中の道で
たまたま見つけた食堂に入った。
そうそう、こういうローカルな感じの食堂に入りたかったのよ♪と
色めき立ったが、むしろローカルすぎて
お客さんは私以外、全員トルコ人のおっさんたちだった。
完全に浮いてるよね、私…!
  

でも、このとき食べた煮込み料理(ムサカ)が
ほんとにおいしくて!!!
さすが世界三大料理だぜ…。
トルコのおっさんたちに混じって、モリモリ食べた。
 
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店内の様子を写真に撮ろうとしてたら、
オーナーらしきおじさんがこっちを見たので
「やばい、怒られるっ!」とビビっていたら。
おじさん、ニコニコしてポーズを取ってくれた。
ああ、いいなあ、トルコ人…。
(ここらへんからトルコ人の印象が回復)
 

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南三陸町でボランティア

JTBのツアーに参加して、
宮城県の南三陸町でボランティアをしてきました。
 

ボランティアというと「偉い!」と言われることがあるのですが
私の場合は、ある意味よこしまな理由でして…。
現地を自分の目で見たかったのです。
 

もちろん、現地の人の役に立ちたいとは思ったのですが
正直、ボランティア経験もない素人が1日半の作業に参加したところで
どれだけ役に立てるかというと甚だ疑問。
今回のツアーは約2万円だったんだけど、
本当ならその2万円をNGOに寄付した方が
よっぽど役に立つのでは…と思いつつ。
 

でも、今、ちゃんと見とかなきゃなーという
気持ちが勝ったのでした。
 

月曜深夜の高速バスで東京を出発し、
火曜の朝に宮城県に到着。
 

津波の被害がひどく、ニュースでも大きく取り上げられた
南三陸町の志津川周辺を周りながら、
バスはボランティアセンターへと向かう。
大川小学校の近くとか、
最後まで避難放送を呼びかけて亡くなった方の所属していた
災害対策室のビルのそばなんかも通った。
 

バスの中で、
「だいぶ復旧が進んでいます」などとアナウンスがあったんだけど
実際に窓の外を見てみたら、そこはがれきの山で…。
津波で流された自動車は、一つのところにまとめられていたけど
ただまとめられているだけで、完全に片付けられてはいない。
たまに船が転がってたり、ビルの屋上に車が載ったままだったり。
 

こう、草も木も生えていないだだっぴろい土地の中に
ところどころ、がれきの小山ができていて
ところどころ、鉄骨だけが残ったビルの残骸とか
窓ガラスの全部割れた建物とかが残っている状態。
 

テレビで見たのと同じ光景なはず、というか
テレビで見た光景の方が今よりもひどかったはずなのに
自分の目で見たときは、かなりの衝撃を受けました。
どれだけ大きな津波だったか、
被害にあった人たちはどれだけ恐ろしかったことか…と
想像してぞっとしました。
 

さて、作業は朝9時に南三陸町のボランティアセンターに行って
そこで、その日に必要な場所に人員が割り振られます。
余談だけど、ボラセンの脇にあった仮設トイレがきれいすぎて
しかもトイレットペーパーまで備えてあって、
日本すげえ!と感動した…。
 

1日目は、保健センターというところで屋内のがれき撤去作業。
これまでにもだいぶボランティアの方が入っているようで
建物の前には電化製品とか家具とか、「大物」のがれきの山ができていた。
入り口の前に車が転がってて、びっくらこいた。
 

作業開始前の説明で、ボランティアのリーダーさんいわく
「建物の中には色んなものが舞ってるので、
三層になってる特殊なマスクを着けていただきます」。
色んなものって、アスベストとかかなあ…(不明)。
 

屋内にはまだ大量の泥とがれきが残っているので
その泥を掘り起こしながら、埋まったごみを仕分けしていきます。
ほんとになんでもごちゃごちゃに埋まっていて、
壁材、衣類、本、食品、生活用品、テレビなどなど…。
 

時々、写真とか、子どもの描いた絵なんかも出てきて切ない。
カラオケ大会で撮った記念写真とか、
ミスコンテストに出場したときの写真とか、普通の家族写真とか。
こういうのは取っておいて、後日、洗浄して
関係者が見たときにわかるように、近くの中学校に展示するそうです。
 

でも、写真とか絵とかも
「展示して持ち主がわかるレベル」じゃないものは
心苦しくてもごみとして捨てましょう…とのことだった。
ある程度、割り切りも必要ということなのだね。
 

1日目は5時間半くらい作業をして終了。
短期ツアーなので、2日目は午前中のみの作業。
今度は、志津川病院というところで同じく泥かきをしました。
 

ちなみに、保健センターも志津川病院も解体が決まっているんだけど
解体した後に、自治体が廃棄物の仕分けをしなくてすむように
あらかじめボランティアが仕分けをして、
きれいな状態になったところで解体するんですって。
 

作業は、JTBのグループ以外にも
地元企業のグループとか、威勢のいい男子たちのグループとか
いろんな人たちが一緒になってやりました。
地元企業の人たちは継続的に参加しているようで
会社として、社員みんなでボランティア活動にあたるってすごいな〜。
 

被災地なので、写真はほとんど撮らなかったけど
撮影可と言われたところだけ何枚か。


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保健センター

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車が転がってます

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ボランティアに参加して実感したことは、
とにかくまだまだ、まだまだ、まーだまだ、
ずっと支援が必要なんだってことでした。


 

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